17. 余滴 『手向かうな』

 

「やられたら、やりかえせ」これが普通の人間の気持ちです。いっときテレビドラマで流行った「倍返し」というのも、やられた側の悔しさと怒りをよくあらわしている言葉でしょう。

「悪人に手向かうな」これを無抵抗を教える言葉と理解されることも多いです。確かに、暴力に襲われた時、抵抗するより無抵抗の方が、被害が少ないということは事実でしょう。しかし、イエスの言葉は無抵抗の勧めではないようです。

「右の頬を打たれたら、左の頬をむけなさい」 これは無抵抗でも、屈服の教えでもありません。むしろ、積極的な抵抗への勧めです。もちろん、力に対して力で報復するという抵抗ではありません。力に屈しないことによって「力そのもの」を無力化するという抵抗です。

「ちょと前、近所の公園で“おやじ狩り”におうたんけど、そん時に左の顔面どつかれて、『アホ ぼけ カス!』と言うたら、今度は右の顔面もどつかれて・・・。これって、イエスはんの言うとおりのこと、したことになるんやろか」(『聖書』コテコテの大阪弁訳)

大阪弁でいうと、「ビビらんで、ようやった!イエスはん、きっと大よろこびしたはる」と、なりますねん。

 

(マタイによる福音書538節)

 

大都会の小さな教会

 目白通りを一本入った閑静な住宅地に、芝生の生い茂った暖かい教会があります。

 信仰に導かれて長い間この教会を支えて来られた年配の方々、またその方たちを心のよりどころとする若い仲間たち。ここには明るい笑顔に包まれた「神の家族」があります。

「家庭的なぬくもりを感じますね」と、新しく来られた方々からよく言われます。

 これからもこの地域に根ざした、愛と希望に満ちた教会形成に励んで参ります。

 

「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」<マタイ18:20>

 

どうぞどなたでもご自由に教会をお訪ねください。