「敗者へのリスペクト」

 

今年の夏の高校野球は第100回ということで例年より多い56校が出場し、毎日熱戦が繰り広げられました。出場校の中には数年前までは部員が4,5名だったという公立高校が出場したのは驚きましたし、準優勝したのも県立の農業高校でした。。最近はプロ化する高校野球に一石を投じることになるでしょう。

 

ところで、甲子園大会では試合が終わると勝ったチームの選手たちがホームベース上に並び、校旗の掲揚と校歌が歌われます。しかし、1回戦で負けた56校のうちの半分、28の高校は一度も校旗の掲揚も校歌も歌われることがなく球場を去っていきます。

一方、優勝した学校は6回も校旗掲揚と校歌の斉唱が繰り返されます。勝者への称賛ということでしょうが、試合は勝ち負けがあるのは当然としても、高校野球では勝敗より精一杯戦ったかどうかの方が大切だと考えるのです。

 

ところで、以前ある新聞に次のような投書が載っていました。「甲子園での試合の後では負けた学校の校旗を掲揚し校歌を歌ってその健闘を称えるのはどうだろうか。そして一番最後に優勝校の校旗が掲揚され、校歌が高らかに歌われる。そうすれば参加したすべての高校の校旗が掲揚され校歌が歌われることになり、参加校のすべてがグランドでその健闘が称えられることになる」と新聞に投書していました。

 

私はこの提案に大賛成です。勝者への称賛も大切ですが、敗者の健闘に対するリスペクトはもっと大切だと思います。そしてこれはスポーツだけでなく、すべての事において当てはまるのではないでしょうか。敗者の生き方は勝者の人生よりしばしば尊敬すべき点が多いこともあるからです。

残念ながら、あの提案は実現はしていませんが、ぜひ一考してほしいものです。

 

大都会の小さな教会

 目白通りを一本入った閑静な住宅地に、芝生の生い茂った暖かい教会があります。

 信仰に導かれて長い間この教会を支えて来られた年配の方々、またその方たちを心のよりどころとする若い仲間たち。ここには明るい笑顔に包まれた「神の家族」があります。

「家庭的なぬくもりを感じますね」と、新しく来られた方々からよく言われます。

 これからもこの地域に根ざした、愛と希望に満ちた教会形成に励んで参ります。

 

「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」<マタイ18:20>

 

どうぞどなたでもご自由に教会をお訪ねください。